盲導犬パピー、ベンジーとの10か月とその後。 文筆家+牧師の奥さん、宮葉子のブログ


by 牧師館のお茶会
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カテゴリ:hope( 5 )

寺島なすの季節が来ました。
初生りは小さいうちに摘むと、たくさん実がなるのだとか。
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もしかすると、人生初めての選挙疲れだったかもしれない。
参院選が終わって、ぐったり。
肉体的にという意味ではなく、心情的に。
悔しさと嘆きと憤り。そして脱力感。
マイナスの感情が、渦巻きみたいにぐるぐるしていた。

選挙とはいえ、自分たちのまちは異様なほど静かだった。
教会の前の通りには、選挙カーの姿は皆無。声も聞こえない。
ただ一度だけ目撃したのは、
参院選の前日の朝、
「共産党」のプラカードを持って、徒歩でコールする年配の二人だけだった。
うん、さすが。気概がある。

ネットの世界を開けてみれば、
「選挙フェス」に何万という人が集まって、
何かが起こりそうな気持ちにもなってみたけれど、
結局は、あの投票率の低さだ。

愛の反対語は無関心。
これは、いつも言っていること。

選挙について言いたいことは山ほどある。
でも、私のことばよりも、
シールズのサイトを読んでもらった方が今はいいかな。
現場を走り抜けた若い人たちの率直なことばだ。
わかりやすく私たちに、
その都度、必要なことを伝えてくれた。
SEALDspost
そして、奥田愛基くんの選挙後のことばも。
yahooニュース・奥田愛基インタビュー

月曜日は、あえて沈んだ気持ちを徹底的に許してみた。
翌日には、すっきりと浮上して、
これからだものね、と気を取り直す。
選挙前から3回シリーズで開かれた
「秘密保護法に反対する牧師の会」が主催する
緊急講演の最終回に参加した。
私たちの国の本当の姿を知るための知識、
例えば国家神道のことだとか、
上智大の先生からいろいろと教えていただいた。
平日の夜、悪天候にも関わらず、参加者は100名近く。
知り合いの顔もちらほら。

何かが動いていくためには、
関心を寄せること。知ること。
そして、つながること。
いつだって、ここから。
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by puppy_Benji | 2016-07-15 23:53 | hope | Comments(0)
さて、現在、一冊分の原稿を執筆中。
締め切りが、急遽、早まったので、あわあわしている。
そんなこともあって、毎日、平和とか、憲法について考えている。

昨年の10月に公開されたこのアニメーションが、
ユーチューブでも見られるようになった。
早速、私もシェア。
見回してみると、ひとつずつこの国の現状にあてはまっているような。
いえ、これは気のせいではなく、確実に。
だからこそ、知ること、行動すること、そして何よりも祈ること。

建国記念日の朝、こんなことを考えて始まった。


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by puppy_Benji | 2016-02-11 10:32 | hope | Comments(0)

ずれを乗り越えていく

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フィリピンのバン、puto。小さくてかわいい。スコーンのような ?


日曜日、礼拝が終わってみると、
例の『まいにちのおいのり』を、3歳のSちゃんがいじくっていた。
本棚の目立つところに飾っておいたので、すぐに見つけてくれたのだ。
気に入った様子で、開いたり、閉じたり、ご満悦。
Sちゃんのママが「これ、いいですね。借りたいです」と言う。
やたっ。少しだけ書店員の気持ちになる。
面出ししておいた本が売れた、売れた。

人材不足のため、結婚して以来、教会の図書係を担っている。
牧会上のニーズから選ぶことが多いが、
キリスト教書店で物色していると、あの人に読んでもらいたいな、
と顔が浮かんで選ぶこともある。
「あの人」に教える、というよりは、助けとなれば、という配慮が大きい。
結局、「あの人」のニーズが、その時の教会や時代に必要な本だったりもする。

時代に浮上してくる課題と、教会のニーズは、いつも連動している。
弱さの集まる場所でもあるから、当然のことかな。

例えば、心の問題をとってみると、
10年以上前は、圧倒的にうつ病が多かったが、
統合失調症 (今は正式には呼称が違う )に変わり、
あれよあれよと発達障害の問題が増え、
さらに、最近はパーソナリティ障害の問題に直面することが多い。
私たちも勉強を続けていかないと、とんでもない失敗をしてしまう。
まあ、大抵は失敗から学ぶものだから、いいんですけど。
でも、相手は人なので、慎重にいかないといけません。

本好きな教会の仲間が、私の選ぶ本をよく読んでくださっていた。
けれど、その方も、年齢を重ね、通常の礼拝には来られなくなっている。
そのせいか、最近は本を借りていく人がずいぶん少ない。
いえ、よく考えてみれば、
いつの間にか、私たちの教会の半分はフィリピンの人たちなのだ。
彼らが日本語の本を借りて読むことは、ほぼ100パーセント近くない。

今年の6月くらいから、週に一度、
ひらがなと英語で学ぶバイブルクラスを、近所のフィリピン料理屋で開いている。
先生は私で、テキストも私のオリジナルだ。
毎週、焦りながら、ひらがなだらけのテキストを作っている。
生徒のみなさんは、読み書きはタガログ語がいちばん楽なのだが、私はタガログ語はさっばり。
タガログ語の会話を聞く機会には、いつも恵まれているのだけれど、
語学として学ぼうという気持ちにまでなれない。
取り組んでみたい語学と、そうではない語学。
その線引きは、きっと言葉にならないいろんな要素が、自分の中にあるんだろうな。

生徒のみなさんは、日本語を正式に学ぶ機会がないまま、
暮らしていく中で身につけた人たちばかりだ。
日本語しか話せない我が子や孫を思い、日本語の教会に通いたいと思ってやってくる。
うんと話せるけど、読み書きは苦手。
でも、「学ぶ」ということが新鮮らしく、
子育てをすでに終えた女性たちが、女子学生のような真剣さで取り組んでくれる。

とはいえ、学ぶことそのものがうん十年ぶりの方たちだ。
質問に答える、課題を話し合う、といった学習のスタイルそのものを飲み込むまでに、
かなりの道のりがあった。ほとんどコメディ映画を見ているよう。
彼女たちの明るさはものすごく、げらげら、がやがや。そして、ときにはしんみり。

いつも、私と彼女たちの間には、言葉によるズレが横たわっている。
そして、文化の違いによるズレも大きい。
でも、それをバイブルを真ん中に置いて、一致していくプロセスというか。
バイブルそのものを学ぶことよりも、私たちにとっては、
そのことの方が大きいような気がしている。

学びを始めるときに約束したのは、こんな聖書のことばだった。

「あなたがたは自分に関する限り、すべての人と平和を保ちなさい。」
(ローマ人への手紙12:18 )

自分に関する限り、というところが好きです。

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フィリピンの代表的なお菓子のひとつ、ポルボロン。
スペインのガイドブックを読んでいたら、伝統菓子として載っていました。
長くスペイン統治下にありましたものね。
これはプレーンですが、10種類以上もいろいろなフレーバーがあるようです。
落雁のような、ちんすこうのような。
初めていただいたときに、あ、美味しい ! と反応したため、
フィリピンに里帰りする度に、みなさんがお土産に買ってきてくださるので、
いつも、いつも、我が家にあるような気がします。
教会の日本人たちは、もう誰も食べません。
うーん、アンのエピソードにこういうのありましたよね。
私もさすがに。年に1、2個がいいかな。
これも文化の違い。


当初、時間などの「約束」をなかなか守ってくださらないことが多く、なぜかしら、と調べていくうちにこの本に出会いました。約束を裏切られ続けた国という歴史がありました。知らないことだらけでした。一読をお薦めします。
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by puppy_Benji | 2015-10-08 18:26 | hope | Comments(0)
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日光オリーブの里にある祈りの小部屋。夏の終わりに12ステップの研修で滞在しました。
こんな風に小人のおうちのように立ち並んでいます。それぞれの扉には、聖書に出てくる人たちの名前がついています。私はサムエルを選んで、空き時間にこもってお祈り。室内にはコタツと座布団が。鬼怒川に囲まれた場所ですが、今回の災害で、直接の被害はなかったようです。ただ、知り合いの牧師先生のご自宅が被災され、有志でお見舞いとお祈りをしました。シルバーウィークにも、教会つながりでたくさんの人たちがお手伝いに向かったようです。頼もしい。
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安保法案強行採決から、時間が経ってしまった。
南スーダンに自衛隊派遣だとか、愛基くんに対しての脅迫だとか、
きな臭いことがどんどんSNSで流れてくる。
でも、強行採決された日から、いえ、それ以前から、
もっと言えばこの15年間、
自分が考えている根っこは変わらないな、とあらためてわからされた。

諦めず、流されず、大切なものを守り続けること。つまり、そういうこと。

強行採決された翌日、
前々から申し込んでいた「憲法カフェの開き方」という講習会に参加した。
教えてくださったのは、
連日、国会での見守り業務を続けていらした弁護士の武井由紀子さんだ。
前日は大荒れした国会のため、朝4時に帰宅したという。
そして、翌朝10時から、新宿でのこの憲法カフェ。
さらに、午後からも別の憲法カフェがあるとのこと。
もちろん通常の弁護士業務をしながらの活動だ。頭が下がる。

憲法の基本的な話から、憲法カフェの開き方まで、
みっちり3時間、密度の濃い講習会だった。集まったのはすべて女性。
女性たちは、しぶといのだ。
強行採決にがっかりなんてしてられない。
これからだよね。
静かな熱というのかな、そんな気概にあふれる会場だった。

熱い思いを抱えたまま帰宅したい誘惑にかられつつも、
えいやっと気合いを入れ直し、もう一箇所、勉強会のはしご。
秋晴れというよりも、ほとんど夏の日差しとも思える暑さの中、
新宿から御茶ノ水に向かう。
戦後70年を考えるキリスト者の大きな集まりが、
ここでも朝から夜まで開かれていた。

会場に行くと、基調講演会はとっくに終わり、
チャペルはコンサートのリハーサル中とかで、
サルーキの愛溢れるロックががんがん。
参加者のみなさんは、分科会の最中だった。
どこに行こう ? 憲法9条。うん、気になる。
でも、改憲と信仰の自由というテーマはもっと気になる。
のぞいてみると、部屋は満杯だ。
こういう時はまず祈ってみる。
こっちかな。見えないパンくずに導かれて、
特定機密法案に反対する牧師の会の部屋へ。
知り合いの図書館司書さんの顔を見つけて、ほっ。
2年前から、要請行動のために国会に通い続けている牧師の話をうかがった。
リアルな現場の話。来てよかった。
男性たちだって、しぶといのだ。

じつは、私は少々、市民運動にバーンアウト気味なところがあり、
路上で声を上げることに積極的になれずにいる。
これに気づいたのは、3・11にともなう原発廃止運動が広がりを見せていたときだから、
もう4年も前のことだ。

20年前、犯罪被害者の当事者となったとき、
犯罪被害者の権利がまるでないことを知り、
犯罪被害者等基本法の制定に向かって、
街頭署名ほか、市民運動に熱を入れていた時期がある。
声を上げること、署名活動をすること、
ともに日本ではなじみのないものだったうえ、
ハンザイヒガイシャって何よという時代だったので、
それはもう、いやな思いをいろいろと。
初めて街頭署名に立ったのは新宿西口だった。
雑踏の中、家族を殺害された仲間たちが、必死に訴えかけるも、
立ち止まる人はまばら。
無関心が最大の敵だったけれど、揶揄する人、議論をふっかけて来る人もいた。
私たちの隣には、盲導犬募金の方たちがおられたが、
そちらに立ち止まる人もまばら。
そんな時代だった。

結婚するまでは、自分なりに関わってきた活動だったけれど、
牧師の妻となり、環境ががらりと変わる中で、少しずつ自分の方向性が変わってきた。
法律は大切。だけど、私が思いを強く持つことは、1対1の関係だ。
当事者となり、立ちすくんでいる女性たちの隣人となること。
そんな思いで、pray&hopeプロジェクトを立ち上げた。
平たく言えば、セルフヘルプの働きだ。

それでも、声なき者たちの声を聴くこと、その声を届けることは続けたくて、
児童労働や奴隷状態の女性たちの問題には関心を寄せ、
勉強会や講演会の企画なんかもしてきた。
100人以上集まるような集会をした時期もあったけれど、
やっぱり1対1、多くても12人くらいが向いているのだと思う。
ゆるやかにつながっていく中で、気付けば大勢になっていた。
そんな関係性が好きだ。

民主主義は数字ではないのだ。声なき者たちの声を聴くこと。
そして、声なき者たちが声を持てること。
それが民主主義でしょうと思う。
国会の「どんぐり」たちを見ていると、
市民運動にバーンアウトなんて言ってられなくなった。
憲法カフェを開くなら手伝うと言ってくれた若い女性に、
「バーンアウトから完全復活しました」とSNSでメッセージを送ってみた。
「できるだけ手伝います」と心強い返事。

今年の春、10年ぶりに犯罪被害者の会の仲間たちと再会した。
会がたち上がって15年が経つ。
岡村弁護士から声をかけていただき、
私もいちおう、初期からのメンバーとなっている。
15年を記念して出した記念誌完成のパーティだった。
私が集まりに顔を出さなくなった後も、勉強を続け、声を上げ続けた人たちがおり、
そしてそこにはなんと言っても法律の専門家たちの尽力と、
かつての首相や政治家なんかの力もあり、
犯罪被害者等基本法が施行されるにいたったわけで、
施行までの裏話を聞きながら、人と人とがつないでいく力を考えていた。

犯罪被害とか、辛い話が多いから、できれば聞きたくない、
と知り合いに言われたことがある。
政治の話もそうかもしれない。あるいは、信仰の話も。
クサイモノニハフタ ? いえ、じょうだんじゃない。
大切なことは、当たり前みたいに生活レベルのことばで話したい。
私もリッケンシュギとかね、これからは当たり前みたいに話そうと思う。
少しずつ、できるところから。しぶとく、しぶとく。

ネット署名って ?街頭には立てなくても、ネット署名で参加はできますよね。
こういうものを通して、きっかけを与えてくれる人がいることに感謝。

作家・高村薫さんの特別寄稿(東京新聞 )
強行採決について、いろんなことばが飛び交いましたが、
私は高村さんのこの記事がいちばん心にストンときました。

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ようやくここで、ブログのタイトルにつながります。
先日、お土産にいただいたウクライナのコーヒー。
これをいただきながら、ごしょごしょ書いてみました。
このコーヒー、いただくまで味の想像もつきませんでしたが、なあんだ、スタバ系。
ウクラナイに暮らしているアメリカ人宣教師からのお土産ですから、もっともかな。
ソラマチの6階にあるスタバにもお連れしました。
スローコーヒー流行りですが、アメリカ人の先生たちは、たいていスタバがお好き。
ご当地マグを購入する先生も多いです。スカイツリー限定、というあれです。

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by puppy_Benji | 2015-09-29 23:06 | hope | Comments(6)

憲法には愛がある

きっとこの動画は、今夜からシェアされ続けるのだろう。今、 FBでは、すごい勢いで、SEALDS・奥田愛基くんの国会での公聴会のことが流れてくる。でも、やっぱり私もここでシェアしなくてはと思わされて。



この春、数年ぶりに関西で弁護士をしている古い友人に会った。
お互いに時間のない中、私は神戸に行く途中だったので、
新幹線の駅構内での再会となった。

カウンター席に座った彼女は、たこ焼きをつつきながら言う。
「憲法には、ヨウコさんの言う愛があると思うのよね」。
そのひと言から、私と憲法との新しい関係が始まった。

彼女は、おすすめの本までどっさり送ってくれたのだけれど、
私の学びときたら、それはゆっくり。
ゆっくり、ゆっくりを続けているうちに、世の中は、猛烈に動き出していた。
彼女も、憲法カフェなんかで、どんどん語り続けている。

奥田愛基くんのお父さんは牧師として、
九州で、路上生活者の支援を長年続けておられる。
息子の名前にこめた思いを、勝手に想像してみる。
「愛」と「基」の字の深い意味を。

ときどき、日本国憲法を声に出して読んでみる。
すると、公布された当時の、まっすぐな思いが届いてくるようで、
心の深いところがじんわりする。まるで聖書みたいなのだ。
言葉遣いは、熟語だらけで平易ではないからこそ、読む度に、新しい発見がある。

わたしたちには計り知れないところで、
政治の世界には、いろんな思惑だとか、国同士の駆け引きだとか、
びっくりするような裏事情があるんだろうけれど、
でもね、しょせん人のしていることだから、恐れなくていいのに、と思う。
国のリーダーたちの恐れが、国をごたごたにしていく歴史は、
もう何度も何度も繰り返されていること。

テレビに出てくる政治家たちの薄暗い顔を見ながら、
わたしは出エジプト記のパロを思い出すのでした。

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国のリーダーたちがおかしな発言ばかりしているのを見ていると、ここに最後に出てくる獅子みたいなのが、現れないからしら、などとひとり妄想。「お前たちは何をしてゐるか。そんなことでは地理も歴史も要つたはなしではない。やめてしまへ。えい。解散を命ずる。」という決め台詞。いつ読んでも好きなところです。


わあわあ騒ぐどんぐりたちは、国会の中で品なく声を上げるおじさまたちみたい。だれが偉いかと大騒ぎするどんぐりたちに申し渡された判決は「このなかで、いちばんえらくなくて、ばかで、めちやくちやで、てんでなつてゐなくて、あたまのつぶれたやうなやつが、いちばんえらいのだ。」。賢治節です。
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by puppy_Benji | 2015-09-15 21:22 | hope | Comments(2)